海南島はどんなところ?地域の基本情報を紹介

中国 海南島 基本情報
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海南島は中国の最南部に位置し、一年中温暖で美しいビーチが広がっていることから、「中国のハワイ」とも呼ばれています。日本の関西国際空港からは海南島の海口美蘭国際空港へ直行便も出ており5時間程度で行くことができます。

ここでは、海南島について紹介していきます。

概要

中華人民共和国は、最上位の行政区画として、23省(実行支配下にない台湾省を除く河北省、山西省など)、5自治区(内モンゴル自治区、チベット自治区など)、4直轄市(北京市、上海市など)、2特別行政区(香港、マカオ)といった合計34の一級行政区画を設けています。

海南省は、23ある省の一つで、中国国内では最も南に位置しており、熱帯気候に属しています。中国で熱帯気候に属しているのは、海南省のほかには、広東省および雲南省の一部だけです(台湾も一部熱帯に属しています)。

海南省は、海南島と南シナ海の西沙諸島、南沙諸島、中沙諸島から構成されています。しかし、西沙諸島、南沙諸島、中沙諸島は、国際的には中国の領土と認められておらず、東南アジア諸国との間で領有権を争っています。

海南島は、面積が日本の九州の9割程度で、8市、4県、7自治県よりなり、省都は海口市です。地形は、島の南寄りの中央部に北東から南西方向に五指山脈,黎母嶺山脈が走り、北部には台地と平原,および起伏に乏しい丘陵が分布しています。

島の人口は1,000万人程度で、漢族が大部分を占め少数民族(リー族、苗(ミャオ)族、回(カイ)族)は1割程度です。

年平均気温は25℃を超え高温多雨の気候を利用した熱帯農業が行われており島の主要な産業となっています。主な作物としては、水稲(二期作)、ゴム,ヤシ,サイザル麻,アブラヤシ,海島綿などがあります。

海南島は、古くから蛮夷(ばんい、野蛮人)の地として官吏人が流されており、唐の李徳裕(りとくゆう)や宋の蘇軾(そしよく)などが有名です。

歴史

海南島の歴史は古く、古くは「瓊崖(けいがい)」と呼ばれ、漢の武帝の時代(在位:紀元前141年~紀元前87年)には2つの郡(瓊崖郡と珠崖(しゅがい)郡)が置かれました。唐・宋時代には海上交通の要衝として、中国やアラビアの貿易船の停泊地として利用されました。

また、唐代(618~907年)には僧鑑真が日本への渡航の際に漂着した場所としても知られています。明代(1368~1644年)には、倭寇の鎮圧のため海南兵備道が設置され警備が強化されました。

日中戦争中(1937~1945年)は日本軍によって占領されましたが、1950年に中国人民解放軍によって解放され、広東省の出先機関として海南行政区が設置されました。1988年には、海南省が設置され、全島が経済特区となり、外国企業にとって魅力的な投資環境が提供されています。

人口

海南省の人口は、1,043万人(2023年、海南省統計局)となっています。各市および县(=県)の人口は、多い順に以下のとおりです。

中国の行政区分は、基本的には省級、地級、県級、郷級という4層のピラミッド構造から成ります。海南省の市はすべて地級で、县(=県)は県級です。

1 海 口 市 Haikou 300.16
2 三 亚 市 Sanya 110.60
3 儋 州 市 Danzhou 101.56
4 文 昌 市 Wenchang 56.91
5 万 宁 市 Wanning 55.83
6 琼 海 市 Qionghai 53.98
7 澄 迈 县 Chengmai 50.66
8 乐 东 县 Ledong 47.21
9 东 方 市 Dongfang 46.02
10 临 高 县 Lingao 42.37
11 陵 水 县 Lingshui 38.23
12 定 安 县 Ding’an 28.80
13 屯 昌 县 Tunchang 25.52
14 昌 江 县 Changjiang 23.56
15 琼 中 县 Qiongzhong 18.12
16 白 沙 县 Baisha 16.37
17 保 亭 县 Baoting 15.77
18 五指山市 Wuzhishan 11.32
19 三 沙 市 Sansha 0.22
注)县=県

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気温・降水量

海南省の省都である海口市と同省で2番目に人口が多い都市である三亜市の、月別平均気温及び降水量は以下のとおりです。

中国 海南島 基本情報

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海南島は熱帯気候で一年中温暖で、雨季と乾季に分かれています。雨季は4月中旬から10月初旬、乾季は10月中旬から4月中旬となっています。

2024年に雨が最も多かった9月の雨の降り方を見ると、雨が降る日と降らない日に分かれていることがわかります。

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物価

中国の物価は、香港、上海、北京、深圳といった大都市では、世界の都市の中でも高くなっていますが、海口市や三亜市のような地方の都市では日本と同程度か少し安い程度です。

宗教

仏教、イスラム教、道教、キリスト教など様々な宗教が信仰されています。島で多数を占める漢民族の多くは仏教を、少数民族の回族(フイ族)はイスラム教を信仰しています。

中国では、憲法で宗教の自由が保障されています。

一人当たり名目GDP

中国~13,313ドル(74位)
日本~32,498ドル(38位)

2024年値、IMF統計

一人当たり名目GDPは、国民一人ひとりが平均してどれくらいの付加価値を生み出したかを示す経済指標です。国民一人当たりの経済的な豊かさや生活水準、生産性を示す指標とされています。

中国の一人当たり名目GDPは日本の半分弱となっています。

通貨

1 中国人民元 = 20.70 円(2025年7月)

中国の通貨は、人民元と呼ばれます。表示をする際に数字の前に¥(円マーク)が使用されるのは日本と同じです。

実際に中国で発行されている紙幣も「圆」(日本における「円」の正字である「圓」の簡体字)が使用されています。

レートが良い両替所

人民元への両替を、レートが良く、手数料を安く行うには、日本国内よりも中国国内の方が良いです。中国国内では、空港よりも銀行の方が良く、特に四大銀行(中国銀行、中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行)は間違いがありません。

銀行などで両替をする際は、受付で「Exchange(両替)」と伝え、両替用紙に必要事項を記入し、日本円とパスポートを受付に出すと両替ができます。闇両替など怪しいところで行うと、偽札やトラブルに巻き込まれることもありますので、注意が必要です。

主な都市間交通

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海南島での主な都市間交通は、鉄道とバスになります。

鉄道は、省都海口市と第2の都市三亜市を、島の東側で結ぶ海南東環高速鉄道と、西側で結ぶ海南西環高速鉄道があります。海南東環高速鉄道と海南西環高速鉄道を併せて海南環島高鉄と呼ばれることもあり、実際、島を一周する列車もあります。

都市間バスは、海口市だと、3つのバスターミナルと島内外の都市を連絡しています。海口汽車西站(海口西バスターミナル)は主に海南島西部(東方、白沙、五指山など)、海口汽車南站(海口南バスターミナル)は主に海南島中南部(三亜市、凌水市、万寧市、瓊海市、文昌市、定安市、屯昌市など)、海口汽車東站(海口東バスターミナル)は主に海南島東部(定安、文昌など)と連絡しています。

三亜市だと、三亜汽車站(三亜バスターミナル)と各都市が連絡されています。

見どころ

島内には見どころが多くありますが、そのうちのいくつかを以下で紹介します。

【海口市周辺】

●騎楼老街(きろうろうがい)

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騎楼老街は、中国最大の騎楼(中国南部の伝統的な建築様式)建築群で、保存状態にも優れていることから、2009年に中国文化部と国家文物局によって「中国歴史文化名街」に指定されました。建物の多くは、20世紀初頭に東南アジアから戻ってきた華僑が、当時の南洋(中国から見た南方地域(東南アジア))風の建築様式を模倣して建てたもので、その独特な雰囲気で観光客を魅了しています。

●五公祠(ごこうし)

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唐代(西暦618~907年)、宋代(960~1279年)に島流しされた五名の高官(李徳裕、李綱、趙鼎、李光、胡銓)を祀(まつ)った祠(ほこら、祖先の霊をまつる所)で、明代万暦年間(1573~1620年)の木造建築です。五名の高官は、いずれも政権抗争に敗北して島流しされました。

●海南省博物館

2008年にオープンした博物館で、常設展示は「収集された文化遺産」「海南島の歴史」「海南島の少数民族」「海南島の無形文化遺産」の4つがあります。9時から17時まで開館していて、入場は無料で、休館日は月曜となっています。

●宋氏祖居

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中国近代史で高い名声を誇る宋氏一族の礎を築いた宋耀如が1864年にここで生まれ、幼年期を過ごしました。宋耀如は、南洋への出稼ぎや米国での学業の後に事業を興し、孫文と知り合って彼の革命に積極的に協力しました。

宋耀如には6人の子どもがおり皆中国近代史における有名人ばかりですが、中でも慶齢、美齢、靄齢の三姉妹は特に歴史に影響を与えました。慶齢は、孫文が率いた民主革命を積極的に支援し、彼の妻となりました。また、宋美齢は孫文の後を継いだ蒋介石のもとに、宋靄齢は蒋介石の政府の高官である孔祥熙に嫁ぎました。

【三亜市周辺】

●崖州古城

南宋代(1127~1279年)に築城され、宋、元、明、清の四代を経て、中国最南端の古城として栄えました。文明門、古城壁、邵寺門、崖城書院、広場、両脇の住宅など、多くの古代建築が残っています。

【その他】

●文昌文南老街

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文南老街は清朝末期から中華民国初期(20世紀初頭)にかけて形成されました。当時、文昌の人々は、生計を立てるために東南アジアへと旅立ちました。

異国の地で、彼らは懸命に働き、着実に財力を築き上げました。華僑たちは出世するにつれて故郷を恋しがるようになり、蓄えた財産と南洋(東南アジア)の建築様式を携えて故郷に戻り、独特の文南老街を築き上げました。

●檳榔谷(びんろうだに)

中国の少数民族である黎(リー)族は、その9割が海南島に暮らしています。檳榔谷は、黎族の村を再現しているテーマパークです。

少数民族の音楽や民族ダンスなどのパフォーマンスを見たり、文化体験が出来ます。

チップの習慣

海南島を含む中国本土では、一般的にチップの習慣はありません。サービス料は既に料金に含まれている場合がほとんどです。

治安

外務省の海外安全ホームページによると、2025年7月現在、海南島には、危険情報は出されていません。中国では、新疆ウイグル自治区とチベット自治区にレベル1(十分注意してください)の危険情報が出されているのみです。

まとめ

海南島の基本情報について紹介しました。

海南島は、中国で最南部に位置し熱帯気候で一年中温暖であることから、「中国のハワイ」とも呼ばれています。日本からは直行便も出ており5時間程度で行くことができます。

面積は、日本の九州の9割程度で、省都のある海口市、三亜市および 儋州市の人口は100万人を超えています。

島の主要な交通機関には鉄道とバスがあり、鉄道は省都海口市と第2の都市三亜市を、島の東側で結ぶ海南東環高速鉄道と、西側で結ぶ海南西環高速鉄道があります。

海南東環高速鉄道と海南西環高速鉄道を併せて海南環島高鉄と呼ばれることもあります。

島内には海口市の騎楼老街など見どころが多いので、鉄道やバスで移動しての観光も楽しいです。

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